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京都地方裁判所 昭和60年(ワ)838号 判決 1985年12月11日

原告 甲野花子

<ほか六名>

右原告七名訴訟代理人弁護士 飯田昭

被告 野村孝行

右訴訟代理人弁護士 太田常晴

同 上村昇

主文

一  被告は、原告甲野花子に対し金七一万五五五二円、原告甲野一郎、同甲野春子、同甲野二郎、同甲野夏子、同甲野三郎、同甲野四郎に対し、各金六二万四二五一円及びそれぞれこれらに対する昭和五九年九月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の負担とし、その余は原告らの各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告甲野花子に対し四三〇万円、原告甲野一郎、同甲野春子、同甲野二郎、同甲野夏子、同甲野三郎、同甲野四郎に対し各二六二万五七九一円及びそれぞれこれらに対する昭和五九年九月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らと亡乙山太郎の身分関係

(一) 原告甲野一郎は、亡乙山太郎(以下亡太郎という。)と原告甲野花子(以下原告花子という。)の長男であり、同甲野春子は長女、同甲野二郎は二男、同甲野夏子は二女、同甲野三郎は三男、同甲野四郎は四男である。

(二) 原告花子は、昭和三一年一〇月一六日亡太郎と結婚し二人の間に前項記載の六名の子供を儲け結婚生活を営んでいたもので、形式上昭和五三年九月二一日亡太郎との間の協議離婚届出をなしているが、その後も実質上は亡太郎の妻として同人との関係を継続してきたものである。

2  事故の発生

左記交通事故(以下本件事故という。)が発生した。

(一) 日時 昭和五九年九月九日午前二時二五分頃

(二) 場所 京都市右京区西院寿町三〇―三先路上(市道春日通)

(三) 加害者 普通乗用自動車(京五八ね八七〇二号、以下被告車という。)

運転者 被告

(四) 被害者 亡太郎

(五) 態様 被告は、前記日時、被告車を運転して市道春日通を北方から南方に向い南進中、前記場所において市道春日通を歩いて横断していた亡太郎の人影を前方対向車線上に認めながら、その動静に注視せず、急制動の措置等の回避措置を講じないで進行したため、右前方約八・一メートルの至近距離に至り初めて亡太郎が歩行者であることに気付き、危険を感じて急制動の措置を講じたが及ばず、被告車右前部を亡太郎に衝突させその場に転倒せしめた。

(六) 結果 本件事故により亡太郎に傷害を与え、よって同人をして同日午前六時一五分頃収容先のシミズ病院で死亡せしめた。

3  責任原因

被告には前方注視義務違反、安全確認義務違反の過失があったから、民法七〇九条による損害賠償責任がある。

4  損害

(一) 亡太郎の逸失利益

亡太郎は、本件事故当時、丙川株式会社に勤務し、年収二一三万六七五八円の収入を得ていたが、離婚後も経済的、精神的に原告花子及び子供であるその余の原告六名の一家の支柱であったことに変わりはなかったから、生活費控除割合は三〇パーセントを越えないものというべきところ、死亡時五一歳であり、六七歳まで就労可能として新ホフマン式計算法により死亡時における亡太郎の逸失利益を算出すると、一七二五万四七四八円となる。

(算式)

2136,758×(1-0.3)×11.536=17,254,748

(二) 相続

原告花子を除く原告六名は亡太郎の実子であるところ、亡太郎の死亡により右逸失利益の損害賠償請求権につき各六分の一宛の二八七万五七九一円を承継取得した。

17,254,748÷6=2,875,791

(三) 近親者固有の慰謝料

原告花子は亡太郎と離婚した後も実質上は亡太郎の妻であり、その余の原告らは亡太郎の子であるから、その近親者として固有の慰謝料請求権を有するところ、その額は原告花子について八〇〇万円、その余の原告六名について各二〇〇万円を下らない。

(四) 葬祭費

葬儀費用について原告花子は四〇万円、その余の原告六名は各一〇万円を支出した。

(五) 弁護士費用

弁護士費用について原告花子は九〇万円、その余の原告六名は各一五万円を支出した。

5  損益相殺

原告らは自賠責保険より二〇〇〇万円を受領したので、原告花子について五〇〇万円、その余の原告六名について各二五〇万円を損害の一部にそれぞれ充当する。

6  結論

よって、被告に対し、原告花子は損害残金四三〇万円、その余の原告六名は各損害残金二六二万五七九一円及びそれぞれこれらに対する不法行為の日の翌日である昭和五九年九月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1のうち(一)の事実は不知、(二)の事実は否認する。

同2のうち(五)、(六)の事実は否認し、その余の事実は認める。

同3の過失の主張は争う。

同4の事実は否認する。

同5の事実は認める。

三  抗弁

本件事故は、亡太郎が小雨の降る深夜に横断歩道でない所を、足元がふらつき満足に歩行することが困難なほど酒に酔って被告車の直前を横断しようとしたところに発生したもので、亡太郎が相当の注意をすれば回避しえたものであるから、相当程度の過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

亡太郎が小雨の降る深夜に横断歩道でない所を横断しようとしたこと及び当夜飲酒していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  亡太郎と原告らとの身分関係

《証拠省略》によると、原告花子は亡太郎と昭和三一年一〇月一六日に婚姻し、二人の間に請求原因1(一)記載のとおり原告花子を除く原告六名の子供を儲けたこと、ところが原告花子と亡太郎は、住宅を購入したローンの返済や生活費の負担などから借財が重みこれを整理してもなお約四〇〇万円の借金が残ったが、その際原告花子の兄である甲野松夫が奔走し甲野の親類筋からその返済資金を借りて調達することになったが、その条件として調達した金員の返済がすむまで五年間を目処に離婚することとなり、昭和五三年九月二一日協議離婚届が出されたこと、離婚後亡太郎は原告らと別居していたものの毎月生活費を仕送り等する一方、原告らは絶えず亡太郎と連絡を取り合って交流を続け、とりわけ原告花子は亡太郎方をしばしば訪れ炊事、洗濯等をするなど亡太郎の身の回りの世話をし、亡太郎と原告らは夫婦的家族的繋を続けていたこと、そして甲野の親類筋からの借金も原告らが力を合わせて総て返済し終り、亡太郎と原告花子は、かねて近い将来復籍して第二の人生をやり直そうと話し合っていたところ、亡太郎が本件事故で死亡したこと、亡太郎の葬儀は原告らが皆で協力して執り行ったことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によると原告花子と亡太郎は形式上協議離婚し別居をしているものの、実体は事実上の夫婦関係を継続していたものと認めるのが相当である。

二  本件事故の発生及び責任

請求原因2(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがなく、右事実と《証拠省略》によると、本件事故現場は南北に市街地を通じる市道春日通路上であるが、同所付近道路は歩車道の区別があり、車道は中央にセンターラインが引かれ片側一車線(幅員約三・五メートル)の直線の平坦なアスファルト舗装からなること、本件事故当時小雨が降り道路は湿潤し、本件事故現場付近は街灯はなく深夜で真暗であったこと、被告は、本件事故当時、小雨が降る中被告車を運転し、市道春日通の南行車線上を時速約三五キロメートルで北から南へ向けて進行し本件事故現場付近に差しかかった際、黒っぽい人影らしいものを進路右前方約二三・三メートルの反対車線上に認めたが、深夜でもあり横断中の歩行者ではないものと軽信し、同一進路を殆ど同一速度で進行を続け、右前方約八・一メートルの地点に至って初めて、西から東へ亡太郎が横断しているものであることに気付き、危険を感じ直ちに急制動の措置を講じたが間に合わず、車道中央付近で自車右前部を同人に衝突させ付近路上に転倒させたこと、他方亡太郎は、その頃本件事故現場付近の横断歩道でない市道春日通路上を西から東に向かい酒に酔って足元がふらついた状態で歩いて横断中右のとおり被告車に気付かず本件事故にあい、その結果当日の午前六時一五分頃収容先のシミズ病院において右急性硬膜下血腫により死亡したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、被告は進路前方を注視しその安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、これを怠った過失により本件事故を発生させたものということができるから、民法七〇九条に基づき本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。

三  損害

1  亡太郎の逸失利益

《証拠省略》によれば、亡太郎は本件事故当時満五一歳の健康な男性で、丙川株式会社に勤務し、昭和五八年に年間二一三万六七五八円の収入があったことが認められる。また前記一認定の事実によると亡太郎は昭和五三年の原告花子との形式上の離婚後原告らと別居していたものの経済的、精神的に原告らの一家の支柱であったことに変わりはなかったものと認められる。

ところで亡太郎は本件事故にあわなければ六七歳まで一六年間は稼働し得、その間右金額程度の収入を得続けることができたであろうと推認され、これを基礎とし右稼働期間を通じて控除すべき生活費を三〇パーセントとし、中間利息の控除につきホフマン式計算法(新)を用いて死亡時における亡太郎の逸失利益の価格を算出すると次のとおり一七二五万四七四八円となる。

(算式)

2,136,758×(1-0.3)×11.536=17,254,748(1円未満切捨,以下同じ)

2  相続

原告花子を除く原告六名が亡太郎の実子であることは前記認定のとおりであるから、右原告六名は相続により亡太郎の逸失利益の損害賠償請求権の各六分の一にあたる二八七万五七九一円ずつを承継取得したことが認められる。

3  近親者固有の慰謝料

前記一認定の事実によると原告花子を除く原告六名は民法七一一条により、原告花子は同法七一一条の類推適用によりそれぞれ近親者固有の慰謝料請求権を有するものというべきところ、慰謝料の額は原告花子につき五〇〇万円、その余の原告六名につき各金一五〇万円と認めるのが相当である。

4  葬祭費

《証拠省略》によれば原告らが亡太郎の葬儀を執り行いその費用を支出したことが認められるが、そのうち本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費は八〇万円とするのが相当であるところ、原告花子につき二〇万円、その余の原告六名につき各一〇万円の支出を余儀なくされたものと認める。

5  過失相殺

前記二認定の事実によると本件事故当時、亡太郎は深夜酒に酔って横断歩道でない車道上を車両の通行を十分確認することなく横断していた不注意が認められるので、亡太郎の右過失を斟酌し、原告らの損害額から二割五分を減額するのが相当である。

したがって原告らの前記各損害合計額につき右割合で過失相殺すると原告花子の損害額は三九〇万円、その余の原告六名の損害額は各三三五万六八四三円となる。

6  損益相殺

原告らが自賠責保険から二〇〇〇万円を受領していることは当事者間に争いがないから、これを原告らの損害額に応じ概ね按分比例して充当すると、原告花子については三二四万四四四八円を控除した残額六五万五五五二円、その余の原告六名については二七九万二五九二円を控除した残額各五六万四二五一円の支払を求めうることになる。

7  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは本件損害賠償請求事件解決のため、原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起追行を委任し、相当額の報酬の支払を約していることが認められるところ、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は原告らそれぞれにつき各六万円と認める。

四  結論

よって原告らの本訴請求は被告に対し原告花子が七一万五五五二円、その余の原告六名が各六二万四二五一円及びそれぞれこれらに対する不法行為の日の翌日である昭和五九年九月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小山邦和)

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